化学センサ「磁気光学効果を利用した超高感度プラズモンセンサの開発」

電子光応用開発部 山根 治起

 

化学センサとは

 地球温暖化などのグローバルな環境破壊や局所的な公害問題、あるいは、医療・保健・福祉の充実など、安心・安全・健康は、私たちが生活を営む上で最も基本となるものです。これらに係る問題を解明・解決し、より良い生活を実現していくためには、生活環境や医療など様々な場面において、計測・検査技術を進展させていく必要があります。人間には、視覚、聴覚、触覚、臭覚、味覚といった5つの感覚があり、これら五感の働きを代行する人工的な装置がセンサです。光や音、圧力、温度、流量などといった物理量を検知する感覚を持ったセンサを「物理センサ」と呼び、また、五感のうちの嗅覚と味覚にあたるのが「化学センサ」となります。化学物質を検知してその濃度を測定する化学センサには、ガス漏れや火災にともなう有毒ガスを検知するガスセンサ、溶液中のイオンを検知するイオンセンサ、生体反応を検知するバイオセンサなどがあります。ガスセンサは、当初はガス漏れ事故の防止といった安全管理を目的として発展してきましたが、現在では様々な用途へと広がっています。大気中の汚染物質の排出量や汚染状況を把握することで大気汚染に係る問題を解決するため、室内汚染物質や湿度などを計測することで生活環境をより快適にするため、あるいは、呼気中の微量ガスの濃度測定によって病気を診断するためなど、目的に応じて様々なセンサの開発が、現在も精力的に進められています。持続可能な社会を実現していくためには、今後も、多種多様な化学センサへのニーズは、ますます高くなるものと考えています。

 このような観点から当センターでは、化学センサの高性能化に向けた研究開発を進めています。特に、バイオ計測で一般に利用されているプラズモンセンサにおいて、磁性体に光を照射したときに生じる磁気光学効果を利用することで、可燃性ガスやバイオ分子などの化学物質を、高い感度で検知することができる新たなバイオ化学センサの開発に取り組んでいます。

表1 「人の五感」と「センサ」

プラズモンセンサについて

図1 表面プラズモン共鳴の概略

 DNAやタンパク質などのバイオ分子を高精度に計測できるセンサとして、表面プラズモン共鳴を利用した「プラズモンセンサ」が知られています。表面プラズモンとは、金属と誘電体物質との境界にそのエネルギーを集めて伝搬する電子の疎密波です。金属薄膜に特定の条件で光を照射したときに、金属薄膜のごく表面で発生するエバネッセント波と、電子の粗密波である表面プラズモンとが共鳴することで、金属薄膜から反射される光の強度が急激に小さくなります。表面プラズモン共鳴が生じる条件は、金属薄膜(センサ)の表面に非常に敏感であるため、センサ表面に吸着した化学物質を高い感度で検知することができます。検知したい物質のみに反応する材料をセンサ表面に形成しておくことで、用途に応じて様々な化学センサを提供することができます。金属薄膜から反射される光を計測するプラズモンセンサは、光検知式センサに分類され、非破壊かつリアルタイムでの計測を特徴とします。

 

磁気光学効果による高性能化

図2 新規技術「磁気プラズモンセンサ」の応答性能(計算結果)

 プラズモンセンサでは金属薄膜(センサ)として、金や銀を用いることができ、取り扱いやすさと、安定性の点から、金がよく用いられます。金および銀は、どちらも磁石にはならない材料(非磁性体)ですが、これを磁性材料に変えることで、センサの感度をさらに向上することができます。光は、電場と磁場の変化が伝搬する波(電磁波)であり、磁性体に光を照射した場合、光と磁気との相互作用である磁気光学効果によって、反射光(透過光)の状態は、照射した磁性体の磁化の向きによって変化します。磁気光学効果は通常、あまり大きくありませんが、表面プラズモン共鳴を利用することで、数百倍に増強することができます。このとき磁気光学効果は、表面プラズモン共鳴よりも急峻な応答を持つことから、金属薄膜(センサ)に磁性体を用いた「磁気プラズモンセンサ」では、化学物質をさらに高い感度で検知できるようになります。図2は、金を用いた通常のプラズモンセンサと、磁気プラズモンセンサとの応答性能の違いについて計算した結果です。新規センサは非常に急峻な応答を示しており、従来に比べて30倍以上の高感度化が期待できます。

水素ガスセンサへの応用

図3 水素って?「水の電気分解」

*出典:環境省 地球温暖化対策事業室

 前述のように、金属薄膜(センサ)に磁性体を用いた磁気プラズモンセンサでは、化学物質を非常に高い感度で検知することができます。一例として、当センターが開発を進めています水素ガスセンサについてご紹介します。

 水素は、地球上でもっとも軽い気体です。地球上では様々な元素と結合して存在し、水や化石燃料など多様な資源から生成できます。例えば、水に電気を流して水素と酸素に分解する「水の電気分解(図3)」など、様々な方法で水素を生成することができます。水素は利用時に二酸化炭素を排出しないため、水素をエネルギーとして活用することで環境負荷を低減することができます。さらに、風力や太陽光など再生可能エネルギーから水素をつくることで、二酸化炭素をさらに削減でき、脱炭素社会の実現に繋がります。しかしその一方で、水素は拡散しやすく、しかも着火エネルギーが低いため、近くに火種があると容易に引火・爆発を起こす危険なガスでもあります。将来の水素社会の実現には、様々な環境で水素を正確に管理・利用できる信頼性の高い運用システムを構築する必要があります。

 ガス漏れ検知の観点からは、安全かつ信頼性の高いセンサが求められます。爆発の危険性が高い水素に対しては、他の可燃性ガスにもまして、センサ自体への高い安全性が要求されます。ところが、一般に市販されている水素センサは、応答速度やクリーニングのために200℃程度以上の高温動作を基本とし、また水素を電気信号で検知するため、電気回路での過電流やスパークが着火源となる危険性があります。

図4 磁気プラズモンセンサによる水素ガスの室温検知

 そこで当センターでは、光を使って水素を検知する新たな水素ガスセンサを開発しています。光検知方式の一つであるプラズモンセンサでは、爆発の火種となる電気回路を水素ガスから隔離することができるため、水素を安全に検知することができます。これに加えて、磁気光学効果による急峻な応答性能を用いることで、安全かつ高い検知感度を持った高性能な水素ガスセンサが実現できます。実際に、水素と反応して特性が変化する材料(パラジウム)を、磁性金属薄膜の表面に形成することで、図4に示すように、水素ガスセンサとして室温で動作できることを確認しています。

 

バイオ化学センサとしての活用

 ここでは、水素ガスセンサへの応用についてご紹介しましたが、検出したい物質に合わせてセンサ表面の材料を選択することで、様々な化学センサを実現することができます。例えば、DNAやタンパク質と結合する物質(リガンド)を用いることで、各種バイオセンサとして利用することも可能です。

 様々なニーズに対するご要望にお応えしますので、お気軽にご相談ください。