電子光応用開発部 近藤祐治
共同研究推進部 山川清志

東北地域における大型加速器プロジェクト

 現在、東北地方では大きな加速器プロジェクトが進行しています。一つは仙台市に建設中の『次世代放射光施設(SLIT-J)』です。この施設は周長が約350 mの円形加速器で光速程度まで加速した電子を周回させることで強力なX線を発生させ、高度なX線分析を行う施設です。既存施設よりも100倍明るいX線を発生できるため、表面から内部まで非破壊で、かつ、ナノの領域を鮮明に見ることができます。半導体、航空・自動車、資源・エネルギー、電子機器、建設などの工業系産業だけでなく、食品、衣料、製薬、医療など、多岐にわたるものづくり産業分野で使用することができます。もう一つは岩手県の北上地方に誘致を目指している『国際リニアコライダー(ILC)』です。この施設は直線距離で約20 kmの直線加速器で光速程度まで加速した電子と陽電子を正面衝突させることで、さまざまな素粒子を作り出し、その振る舞いを調べることで、宇宙が何でできているか、どのような仕組みになっているのか、などの宇宙の謎を解明することを目的としています。

図2 国際リニアコライダーの完成予想図. (高エネルギー加速器研究機構殿ご提供)

図1 次世代放射光施設の完成予想図.((一財)光科学イノベーションセンター殿ご提供)

 

 

 

 

 

 

加速器から生み出される産業

 これらの高度、かつ、先端的な加速器プロジェクトでは、研究者だけが恩恵を受けると考えがちですが、実は企業が関わる部分が非常に多く存在します。一つは「ユーザー産業」です。通常、企業の新しい製品の開発や不良解析には、様々な評価装置や分析装置が使われています。次世代放射光施設では従来の装置で見えなかったものも見えるようになるため、仮説検証における試行錯誤が少なくなり、製品開発や不良解析の短時間化が可能になります。二つめは「サプライヤー産業」です。放射光施設や加速器施設はそれぞれが一品ものであるため、専用開発や専用設計された部品や製品が多く使われています。すなわち、それぞれのものづくり企業が得意とする部品・製品を開発・製造することで施設の建設に寄与することができます。

高エネルギー加速器技術研究会を通じた企業支援

 当センターでは「秋田県高エネルギー加速器技術研究会」の活動を通じて、ユーザー産業やサプライヤー産業への県内企業の参入を促進するために、講演会の開催や産産連携や産学官連携のマッチング支援の他に、研究開発のための競争的外部資金の獲得支援や技術的支援を実施してきました。以下に主な取り組み事例を紹介します。

(1)放射光を用いた半導体用結晶基板表面の観察

図3 化学機械研磨(CMP)の概念図 (a) および 各研磨工程後のX線トポグラフ像 (b)~(d).

 スマートフォンなどの情報通信機器や電気自動車などの輸送機の高度化に伴い、省電力化を実現するSiC(炭化ケイ素)などの次世代パワー半導体が注目されています。秋田県美郷町にある株式会社斉藤光学製作所は次世代パワー半導体用結晶基板を始めとする結晶基板や光学用基板の精密研磨の受託加工を行っています。この次世代パワー半導体のデバイス性能を高めるためには、基板表面の結晶が乱れずに並んでいる必要がありますが、これまでは結晶基板の研磨加工後の結晶性を精度良く評価することができませんでした。そこで、研磨加工時に生じる基板表面付近の結晶の乱れ(加工変質層や結晶欠陥)を評価する手法を確立するために、株式会社斉藤光学製作所と共同でSPring-8の放射光を用いたX線トポグラフィー観察の可能性調査を行いました。この調査は「仙台市既存放射光施設活用事例創出事業*1」の採択を受けて実施しました。図3に各研磨工程後の基板に対するX線トポグラフ像を示します。この像はコントラストが強いほど結晶性に乱れがあることが分かります。これらの像を見ると、粗加工後の像ではコントラストが強く、中間仕上げと最終仕上げではコントラストに変化がなく、定量的に加工状態ごとの基板表面の結晶性を評価できることが分かりました。今後はこの手法を用いて基板表面の結晶性を精密に評価することで研磨工程の最適化が期待されます。
 *1) 詳細は下記URLにてご覧いただけます。
   https://www.city.sendai.jp/renkesuishin/jigyosha/kezai/sangaku/zirei.html

(2)小型加速器を目指した超伝導体ニオブスズめっき技術の開発

図4 超電導加速空洞の外観写真.(高エネルギー加速器研究機構殿ご提供)

  国際リニアコライダーではニオブ材を用いた超電導加速空洞を用いて電子または陽電子を加速することが計画されていますが、この空洞内面にニオブスズ合金の薄膜を付与すると、加速性能が理論上、2倍向上すると言われています。つまり、超伝導加速空洞の長さが半分に小型化できるため、建設コストの低減が期待されています。今年度から東経連ビジネスセンターの「新事業・アライアンス助成事業*2」に採択され、秋田化学工業株式会社と高エネルギー加速器研究機構(KEK)、当センターが共同でニオブスズ合金薄膜の開発を開始しました。具体的には電気めっきを用いてニオブ材表面にニオブスズ合金薄膜をマイクロメートル単位で膜厚制御しながら形成する技術を開発する予定で、当センターでは、ニオブスズ合金を形成するためのアニール処理プロセスや薄膜の表面形態や化学状態の観察評価を行います。
 *2) 詳細は下記URLにてご覧いただけます。
   http://www.tokeiren.or.jp/news/8654.html

 当センターでは、加速器産業への参入に関して、要素技術開発に対する技術支援から企業間連携や産学連携などのコーディネートまでトータルサポートをしていきますので、お気軽にご相談ください。